仙台~石巻~南三陸町
6月17日、午前3時に国見温泉に向けて出発。 お約束のなかなかの雨、荷物の積み込みも難儀を極める。

国見に行く前に、おかあしゃん実家の墓がどうなってるか確かめに本吉に、そこにたどり着くためにまず、南三陸を目指す。
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5時半。前回(4月1日)よりずいぶん平穏を取り戻したなぁと見えた、那須高原SAで、やはり自衛隊の車両多し。
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福島に入る。とたんに、前より凸凹した感のある路面。
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ほら、また自衛隊の車両。 ホントに多い。

菅生で朝食タイム。
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6月にはいって、「食べる」ネジが弛んでしまったサラっぴ。食べるてなんでちて? 状態で、ヒドイ時は、手から団子にして
食べさせてたが、日増しに良くなって旅行前には、自力でもくもく食べるとこまでネジが締まってたのに、
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また戻ってしまった。 緊急事態の不安を感じてるんでしょうな。 スプーンで半分やっと食う。 はい、残りは先輩の腹の中に。
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菅谷ジャンクションから仙台北部道路へ、
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仙台松島道路をへて三陸道と進む。 超順調♪

あれ?
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ほんとに?


ほんとだった。



057.gif三陸道大渋滞。057.gif


無料区間に入った途端、緊急車両もなにもない、一車線の大渋滞。どうも石巻に行く車が多いらしい。
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高速のすぐ横に広がる石巻は、隣接する気仙沼市・東松島市と比べても町の規模が大きく、支援の手も届きやすいように見える。
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こんな光景は、他の都市にはあまりないかも。

石巻赤十字病院。
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高速のすぐ横にあるのね。 ビックリした。こんな立地条件のいい病院が、震災直後は孤立して、薬も医療器具も底をつく、と
ものすごく追い込まれた極限状況にあったのを思い出しても、有り得ないことのような気がする。まさに高速道はライフライン。
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その、震災の名残が。
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松島・東松島・石巻とどんどん車は減っていき、終点・登米東和で降りる頃には、ほとんどいやしなかった。
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右折、トンネルを越え、まっすぐ南三陸町にと入っていく。
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うちの古いナビでは、「志津川町」と出る。 つい最近統合されたので、震災前は、南三陸町って町名は知らなかった。。。

まして本吉郡は、もっと北のエリアの郡だと考えてたら、それはすべて気仙沼に統合され、「本吉郡南三陸町」の一郡一町だと。
わからん。 地名と場所が一致しない。 きっと、統合でどこか分からなくなってしまった所は、もっといっぱいあるだろう。。。
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そして、町まであと3㌔となった時、
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突然、始まった。  こんなところまで、津波は船を押し上げ下流の町を置き去った。
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でも、作業している重機も、きっちりと仕事をしているように見受けられ、
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自衛隊の車両もちらほら。  あ、やっぱり南三陸は、もっと北の町に比べて精力的に片づけが進んでいるのだなと思ったら、
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町に入って行くに従って、ジリッとするような違和感が芽生えてきた。
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分別の出来た瓦礫の山、すべて飛んだガードレールの代わりのコーン、真新しい電信柱。
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そして対岸に広がる、撤去の進んだのか、どこまでもほぼ何もない地面。

もしかすると、川の向こうには、町はなかったのかな。。。  だって、何もない。。。
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トンネル。気仙沼線だが、トンネルしかない。線路は? 

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どんな報道でも、ありきたりな住宅街や町のはずれでは、過去そこにどんな建物があったかは映さない。グーグルを見ても、
映像は現在の瓦礫のみ、地図でも特筆すべき物がないのか何も書き込んでなかった。

やっぱり、この対岸はただの更地だったのかも、とふとグーグルのストリートビューを押してしまい、そして、、、


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町はありました。 東京はネリマやそこらの下町の商店街と何ら変わらぬ、志津川の町は。ストリートビューの中に、生きてました。

検索して見てみてください。いずれ削除されてしまうだろう、震災前の町並みは、今ならまだ静かにそこだけで息づいています。。。


防災対策庁舎。
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意外に小さい。
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これでは建物ごと飲み込まれてしまっても無理はない気が。 それと、確かに海に近すぎる。

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まわりの建物は、鉄筋のもの以外は残っていません。
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「はまセン」のアクセスマップに従って、左折する。この川際の道だけが、ダンプなども含めて機能しているようですが、
実はかつての町の中では、ちっちゃな川に沿った測道に過ぎませんでした。他の道は、あまり判別できず。


国道45号線、東浜街道に入る。
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わずかに駆け抜けただけの南三陸町。 そこにはダンプと埃と、重機など懸命に瓦礫を片づける車両の姿はあっても、
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歩く人の姿はなく、まして生活の気配の欠片も名残もなく、被災後3週間の陸前高田・大槌町とはまた違った人気の無さでした。
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復興は、この瓦礫をすべて撤去し、それで出来た山を運び出してからようやく始まるのであろうか。

それまで、人はどうやって待つのだろう。 

東京で日々、口にする「復興」の意味が、靄のように分からなくなる眺めが、そこにありました。

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by degipochi | 2011-06-29 10:19 | 南三陸町 | Comments(12)
Commented by misobenz at 2011-06-29 17:22 x
サラっぴ・・くびれがどちらへ?状態だったので・・沢山モリモリ食べてるんだ~って思ってたんだけど
どうしたんだろう~・・・
みそらも若いころは食べたり食べなかったり大変でした
今はネジがおバカになっちゃいまた~

被災地の景色・・・日本じゃないみたいです
がれき置き場なんて信じられない光景ですね
あの地震から3ケ月以上たってるのに・・・平穏な日々は何時になるんでしょうか?

↓ダブルわさこ~(爆)
会長、副会長、それも2ショット・・・かっこいいわぁ~あこがれちゃう~(笑)
Commented by りんまま at 2011-06-29 22:31 x
三陸町・・
そりは私ですら、震災で「そう言えば、統合したんだった」って思ったほど(ーー;)
石巻も大きくなったから・・
でもその分、孤立したところや支援の不均衡差が目立ちました。
特に震災後、色々とあったのもここです。
街は確かにそこにあったんです。
今はどこもそうだけど、人がいない。
ユリアゲにいるのもうちの父くらいかも(笑)

「復興」とは、何をもって言うんですかね・・
震災後の光景を見ている方になら分かるはず。
更地になったこの土地がどれだけ整備されたのか・・
だって当初は歩けないほどだったから。

県内の写真はヤバイな。
涙が出てしまいます(ToT)


Commented at 2011-06-29 22:38 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by smilingtail at 2011-06-30 13:27
まだまだともよくぞここまでとも思える風景です。 
瓦礫がなくなれば町の在りし日の面影もまたなくなってしまうのか。
かつての景色を知っている人には残った写真でさえ辛いかも知れません。
あれからご飯を炊くと一食分は必ずおにぎりにしています。
海岸の町へ行く時にはヒナタを車中で待たせる事ができません。
変わってしまった世界の中にいますね。 ただ前だけは向いて。
Commented by degipochi at 2011-07-01 07:31
misobenz さんへ
んーー、あんまり食べないっすね。てか、マリちゃんに比べて、の話ですけど。
なのに、マリちゃんよりも肋骨周りに脂身が付いている。。。 こりは、悲劇です。
ガレキ置き場としては、あれは小さい方でしてよ。もっと分別が進んでて、もっと山脈になっているところ多数。
まずあれが無くならないとな・・・・・ でもどこに持っていくんだか。
わさこ倶楽部、自分がソウシシャだってマリちゃんは初めて知りましたよ。 なにか出ないのかって。記念品が(笑)。
Commented by degipochi at 2011-07-01 07:39
りんまま さんへ
あれ、あの石巻の人口14万ほどっていうのは、どこまでを含むんだろう? 北上とかも、はいって?
なんかね~実態が見えてこないなのよ、市の単位がでかすぎて。。。東京なんかでは、かなりの人間が「気仙沼市」ちうたら、あの火が出た町の事を言うと思ってるはず。
でも実際には、ホントになくなったのは本吉の小泉とかで、気仙沼は残ってるしね。。。。 
そして、あの人気の無さ。 どこかに、いると思うんだよ? 日々頑張っていると思うんだけど。。。
これから復興していくはずの町中に、その姿がまるきり見えないのは、なんとも変な感じです。
Commented by degipochi at 2011-07-01 07:41
鍵コメさんへ
そう、あれはちゃんとマリちゃんが着てただなのよ。 ま、自分で買ったわけではないけど。。。
写メでもブログアップでも、どちらでもお好みで♪ よろしくお願いしま~す。
Commented by degipochi at 2011-07-01 07:46
smilingtailさんへ
秋田も、ずっと強く揺れっぱなしでしたもんね。。。。 未だ臨戦態勢と思われます。
でも、疲れちゃうよね。いつ何が来るか分からない日々は。スケジュールが決まってるなら、教えて欲しい~。
町並みというものがどんなに愛おしいものか、たとえシャッター通りであってもかけがえがないか、考えてしまいます。
うちとこ、ネリマの商店街もほぼ休眠状態で、もうこの通りも終わった、なぁんて思ってたけど、「ある」んだもんね。
あの、本当の意味で「ない」というショックは、とても想像できないです。 
Commented by コロリオーネ at 2011-07-01 09:05 x
ボランティア活動お疲れ様でした<(_ _)>
風邪の状態はよくなってきましたか?
お体無理なさらずにお大事になさってくださいね。

今回の東日本大震災での被害の様子を見ると広範囲が凄惨な状態なのですが
(自分が住む地域は揺れもなかったので)どこかこれが現実のものとは思えないと言うか
脳が理解して納得できない感じで自分の脳の許容範囲を大きく超えた災害なんだと改めて思います。
映像を見る度に息が出来ないほどの苦しさと自分の生活が変わらず出来ることに
何ともいえない罪悪感を感じてしまいます。
未だに余震や原発、瓦礫の除去など多くの問題があり心穏やかに(震災前の)日常が
送れない不便な生活が続いているんですよね。。。
打ちのめされても立ち上がって前に進んでいこうとしている人たちの気持ちを萎えさせる
ような出来事がこれ以上起きない事を願うばかりです。
少しずつでも明るい兆しが増えていくといいですよね。


サラっぴの食べるっちゅうネジが早くきっちり直りますよ~に!
マリちゃん大先生サラっぴのネジを直してあげてね~
Commented by たまりん at 2011-07-01 12:06 x
南三陸町・・・ここの防災センターで 津波が来たとき、皆に逃げるように防災無線で伝え続けていたお姉さんがそのまま津波に飲み込まれて亡くなってしまったんですよね。。。
痛ましい話です。どこもかしこもガレキの山。まるで元々そこには
何もなかったのかな?っと思えるほどキレイさっぱり持ってかれて
しまっていて・・・。
建物の形が残ってれば、あぁここは町だったんだ・・・と想像できるけど。
こちらもそうでしたが、あれはもともとの町の形を知る人が見たら
ただ言葉を失くすのみ・・・ですな
Commented by degipochi at 2011-07-01 13:00
コロリオーネ さんへ
ありがとうございます。 おかげさまで、まぁ何とか・・・・ とりあえずコメントのレス書く気力が出てきたんだから、良いのでしょう。
それにしても、ヒドイ風邪だ~。 被災地の空気の悪さが、身に沁みます。
ボランティアから帰ってきた人たちが、ボロボロと咳と体調不良に倒れる事実。。。。 納得いきました。
そんな場所に、ずっと3ヶ月以上もいるんですもんね。体調のいいはずもなく。
マッサージに来ていただいた方は、みなさん結構、疲労困憊でした。
近くだったら、毎週行くんだけどなぁ。 中途半端に遠いネリマでは、それも叶わず、日々送ってます。
ま、ね、出来ることをしていきましょうよ♪ 現地のモノを買うとか、近くに観光で行くとか、それでもいいんですよ♪
サラっぴ、食べるネジは大分戻ってましてよ。マリちゃんなんかにネジ絞められたら、
「ねーちゃーそんなに絞めたら痛いでちてーーっっ」ブチ。 ねじ切ったね。 て、ゼッタイなると思うんだよな。。。
Commented by degipochi at 2011-07-01 13:08
たまりん さんへ
そうそう、そこ。テレビで見た画像でも、粛々と車や家を巻き込み流れていく黒い水のむこうで、ずっと
「津波が来ていますので逃げてください」と落ち着いた声で、防災無線から聞こえてた、あの声の主。
私、ずーーっとあれは録音を流しているんだと思ってました。それくらいギリギリまで水が来てたし。
それだけ職務に忠実な人がいて、命がけで護ろうとして、でも町は無くなってしまった。
やるせないですよね。。。。。


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