変わりゆくもの、変わらぬもの1
6月に北上した南三陸町から気仙沼に至る国道45線は、報道されることも滅多にないエリアでした。
でも、石巻・気仙沼に比べて、この一帯の被害が少なかったわけではありません。そして瓦礫除去へと多大な努力を傾けていました。



<気仙沼線、歌津駅前の変遷>

6月17日
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歌津駅から直線距離で約800メートル。住宅街があったことは全く分からない、壊滅した街道沿いの光景。
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車で通り過ぎるまで、その中にぽつんとあったガソリンスタンドが稼働しているとはわからなかった。
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屋根なし、柱なし、ただスタンドだけが新しい。あと、書き割りみたいに建物の壁も? 
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敷地の右半分はめちゃめちゃ、修理用のドックと思しき建物が、かろうじて残っている。

このスタンドを左手に見て直進する45号線(東浜街道)があったはずが、まったく気づかぬままスタンドに沿って左折し、
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橋を渡っていた。
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あれ?おかしいな、道が違うぞと思うまもなく、
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駅前に、魚船がある!

曲がり角に、駐車違反のダンプのように船がささっている。何の違和感もなく、車列はその横を通り過ぎて行く・・・・
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三角ポットがぽつんと、立入禁止をあらわすように置いてあるだけで、結局これが、この歌津の日常なんだなと思い至った。
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駅自体は左手の山のとっかかりに有るので、残っているのだが、町はほぼ壊滅。 ただ車の多いのが異様な感じだった。

その後、45号線がなぜ通れなかったのかを調べたら、
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港を渡る架橋の部分が、津波で完全に落ちているからだった。特に立入禁止の札も、案内も無かった気がするけれど、
良く思い出してみたら「45号線を直進する」道自体が、瓦礫で埋まっていて通れそうになかったから、らしい。

6月半ばにして、まだまだ「自己責任」という言葉が、鼻っさきにぶらさがってる国道でした。


そして、、、、

8月17日

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まず注目すべきは、瓦礫の量。かなりなくなっている。ただ、相変わらず倒れた電柱などはあるけど。
(ただ瓦礫は、近隣のどこかに山になっているだけで、実際には撤去にはほど遠い、と言うのがあとでわかりました)
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で、ガソリンスタンド。 プレハブが建って、元のは工事中で、
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自動販売機が出来て(と言うことは、夜も明るい?)看板が立って、花が置かれてた。
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相変わらずの左折、その目の前の山に・・・
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「全世界のみなさん ありがとう」の文字が。

誰が書いたんだろう、歌津の小学生かな。何人くらいで、みんな頭を寄せ合って書いたのかな。
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想像をふくらませる余裕もなく、右折。 船は消えている。 どうやっていつ撤去したのか、これも大変な作業と思う。


9月11日

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だいぶ周りが片づいてきて、ある種、日常の光景に近づいている。きちんとした、迂回の案内表示。
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花壇も、花の種類を変え満開。
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スタンド隣にあった瓦礫の山も、すっかりなくなった。

次回来たときには、どうしてもここでガソリンを入れようと決心していたので、立ち寄る。
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ネリマナンバーとか、あんまり来ないだろうと思う。 それはそれは丁寧に応対してくれ、また来ますね、とつい言ってしまいそうに。

そう、で、最初からずーーっと気になっていた看板があるんです。瓦礫に埋まらんばかりのその看板が目に入らなかったら、
これほどここのガソリンスタンドに肩入れはしなかったんじゃないか、ていう強い決意の、手書きの看板。

それは、
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この文字を書いた怒りを、激情と決意を、どうしても忘れることはできません。

看板たよりに、また寄るから! それ、引っ込めないでね!


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あんなにすさまじかった川が、すっかりきれいになっても、
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国道は落ちたまま、まわりにあった商店街は、影も形もない歌津。
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でも、このでっかい文字を書いた人たちが居てくれるなら、少しずつでも立ち上がるかもしれない。
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そう思える光景もあるのですが。。。。

この写真と八月の最後の写真を、見比べてみてください。 そう、建物を。 なにか気づきませんか?
by degipochi | 2011-09-29 14:50 | 大地震 | Comments(4)
Commented by りんまま at 2011-09-29 18:44 x
建物が変わったようには見えなかった・・・
ガレキが片付けられ、草がなくなった?
「津波のばかやろー」って、結構、あちこちで見るねw
どこかの誰かさんのメールにもありましたなww
Commented by degipochi at 2011-09-29 19:19
りんまましゃんへ
そう。ようお分かりで。変わってないんです。
瓦礫が撤去されて、もう草が枯れてきただけ。
これがねぇもっと著しい例が・・・・ 今、書いているなのよ。 この町は、もう無くなるんだな、て例が。
ホント、津波のばかやろーーーっっっ
Commented by ユキチハリイ at 2011-09-29 19:19 x
いつも東北のお知らせありがとうございます♪

きっとマリちゃんにはおなじみの怖くないお話でございまし。
9月の半ばに毎日、以前飼っていたはりいの匂いがしました。
気のせいだと思っていたら、ある日はりいのベッドゾーンの壁だけがよだれでびっしり汚れていました!
どうもお彼岸に帰って来てくれていたようです…
鈍い飼い主だなのよ…はんせい。
Commented by degipochi at 2011-09-30 20:16
ユキチハリイ さんへ
うんうん。 ありそうなことだなのよ。
きっと、どうにも気になって、様子を見に来たんでしょう、そして印を残していったんでしょう。
ワンって優しいからね。。。 どうしているかなぁって、ずっと心が残ってるなのよ。
うちも前に、似たようなことを言われたことがあります。


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