変わりゆくもの、変わらぬもの2
歌津駅前の、8月と9月。なにが変わっていないかお分かり頂けましたでしょうか。そう、家の清掃が、まったく進んでいないのです。
それはまるで、これ以上片づけることに意味を失ってしまったような・・・・



6月17日

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南三陸町から北を目指すと、一定の標高より低い所すべてが、瓦礫に埋め尽くされていた。

3ヶ月目にして、未だこんな?と
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次々に現れる、被害を受けた家々に、呆然としつつ進んでいくと、
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なんだろう、あれは?て言う物が見えてきた。 建物では・・・・ないな。

それは、
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波によって切り落とされた、架橋の名残。
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高架の気仙沼線だった。警察車両の通っている国道の上をまたぎ、画面左にあるトンネルに続いているはずの、気仙沼線。
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右奥に、清水浜(しずはま)の駅があるはずだけど、一瞬のことで見えず。手前の広い駐車スペースは、もとファミリーマート。
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千切れた線路。
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原型をとどめない、トンネルと出口。

この時(6月は先の名足に急いでいた)は、ただ駆け足で通り過ぎた「清水浜」が、どうにも気になっていたら、次回8月に偶然
清水浜から坂一つ越えた、平貝への物資輸送を頼まれた。これも、見てこいと言うことかと、南三陸からでなく清水浜から回ってみる。


8月17日
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この日は晴れて、南三陸は暑かった。瓦礫も少なくなり、自衛隊の車両も少なくなり、ただただ工事車両が多かった。
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遠くに見えるのは、清水浜駅。ここから見る駅は、高台にもあり、跡形もない陸前小泉などと比べれば、まだいいように見えた。

国道45号からざれたカーブを曲がって、
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清水浜の集落と降りていくと、
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そこに家々はなかった。

家のあったあとはある。土台があり、鯉のぼりがあちこちにゆれ、端午の節句の飾りが鈍く光ってた。
奥の方には、かろうじて形を保っている家もあり、神社も残っていた。
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そして、向日葵が頭を垂れている。 
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清水浜は、指定避難所となっていた小学校が流され、校庭の車・体育館に居た人など多くの犠牲がでたと言う。
1割の人がなくなった、とも言う小さな集落にはそれでも人の姿があった。車を停め片づける人、自宅のあとなのか何かを探す人、
ゆっくり走っていると、後ろから砂煙を上げて軽トラが横を抜き去り、坂からはダンプが降りてくる。
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夏草に埋もれそうになっている、ひっくり返ったままの車もあったが、
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平貝への坂から見下ろせば、そこにはまだ活気が残っていた。(矢印、動いていた車両。左クリックで拡大)

清水浜駅。
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この無人駅は、
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近づけば近づくほど、
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無惨だった。
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8月。5ヶ月経って・・・・。 よじれた手すり、まくれ上がった天井板。

反対に回れば、
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一見、なんともない。でも足元は引き波で残された瓦礫でいっぱいだった。
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国道へ戻っていく、元は住宅の間の道。ブロック塀・大谷石の塀と立派な門構えだったと思われる家が多いが、ほとんど土台しかない。
道路はまくれてでこぼこで、大きな陥没があって通るのに注意が必要だった。

これほど、住宅・鉄道・商店などが破壊され尽くした小さな町が、どう復興していくだろうと危惧しつつ、ふたたび訪れた一ヶ月後。


9月11日
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南三陸から清水浜への国道は、片付き、廃車はあちこちにまとめられつつあった。
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前回と逆に、住宅地の方から駅に向かう。
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休憩中のユンボ。 あ、まだ働く車がいるのだなと思ったら、
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それだけだった。駅の高架を取り巻くのは、
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前と変わらぬ瓦礫。 駅への階段だけが、取りのけられてきれいになっていた。(JRが別動で片づけたかもしれない)
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前見たままの、車。
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増えたのは、この看板だけ。 車も人も、誰もいない。休日だったせいだろう。工事車両に関しては。

でも、ほかは。
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一月前と、違わぬ光景。 ただ、草の丈だけが伸びて瓦礫を覆っている。
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人がいない。 人の気配がない。
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壊れたままの水門。  取りのけられない廃材。
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まるで、一生懸命働いていた人々が、ふと、手を止めてシャベルを置き、そのまま立ち去って二度と戻ってこなかったような。

清水浜は、この後どのように復興するのか、集落ごと移転するのかどうか、まったく白紙なのだという。
復興とは清水浜にとって、長くても険しくても、歩いていくことのできる道なのだろうか。

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滝を登れと、願いをこめた鯉のぼりが、破れ色あせて風になびいていた。

by degipochi | 2011-09-29 20:03 | 大地震 | Comments(2)
Commented by りんまま at 2011-09-30 07:27 x
そうなんだよね・・
活気のある町もあれば、ここに住んでいた人達は?と言う場所もある。
うちのじぃじなんて、住民すら最近、脚を運ばないのに・・
毎日、通って・・
工事の人達と仲良くなってるし(ーー;)
Commented by degipochi at 2011-10-01 21:34
りんまま さんへ
いや、でもさ、工事の人も張り合いあるんでない? 毎日見に来る人が居たら。
清水浜も、町に行く道の入り口に、八月は工事のおっちゃんがイスに座ってた。
案内なんだろうけど、つまらないだろうなぁと。そして、日没近くになったら不安だろうな。ひとは一人でも多くいた方がいいですよ。


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