三年と十ヶ月という年月
なんだか、きな臭くなって来てますね・・・・ あとで振り返って、あれがターニングポイントだったなと言われる一月にならなければいいなと思います。曲がり角の向こうから差す影が、戦争へと続かないことを。
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不特定多数が殺しあう、争いなんてのは人間だけの都合。他の動物は、とばっちり食うだけです。
平和でなければ、ジジちゃんみたいなレスキューされた子をボランティアで助けていこう、なんて余裕はなくなっちゃうでしょう。
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ようやくここまで来たんだから。拘縮していたとみえた股関節・肩関節が、すこしずつストレッチされての万歳。

犬のヨガってものがあるそうで、人間と一緒にポーズをとることで自分だけじゃ出来ないいろんなストレッチが出来るとか。

たしかに、犬はネコと違って自分ではあんまり「伸びたり捻ったりのポーズ」はむずかしいかもね。

二匹でなら、ならんで連続写真にも耐えられるようになった♪
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・・・・・マリちゃんの目が怖い・・・・・(汗)。
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だいぶ座っていても腰が浮きます。移動が猛烈に早くなって来て、下手すると歩いているのに先回りされ、踏みそうになったり。
あとは、後ろ足の返しなんだけどな。 どうも前に前にという気持ちだけが強すぎて、後ろ足を動かすの忘れてる。

脳梗塞のリハビリみたいに、足の曲げ伸ばしをしながら肉球を刺激して、自分で歩いている錯覚を起こしてもらうよう訓練中です。

さて、そんな、雪の降った週末。
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南三陸町の友人が、東京に来ました。

遊びに来た・・・て言うんだったら案内もするが(案内出来るのか?はともかく)、残念ながらそうではなく、
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日本橋という、弩都心で行われた講演会にて、語り部として見えたのでありました。

長くマリちゃんのブログをご覧の方は覚えているかもしれませんが、震災直後、大量の毛糸をまず最初に届けた南三陸町のお宅です。正式には、平貝という地域ですが。そこのお母さんが、万感こもった顔で「毛糸がこんなに来るなんて・・・」と涙していたの、覚えてますでしょうか。
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そのお嬢さんである、ゆかりさんと言う方が、伺うたびに「何が自分たちに起こって、今、どうなりつつあるか」をそれはそれは熱意を持って語ってくれていました。
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ご存知の通り、南三陸町の町は中心部ほぼ消滅。安全な高台にあったはずの自宅は半壊、家財は流失、愛犬も流され、ピアノ教室をいくつか持っていたのも、すべてなくなってしまいました。
今は、家も改装され、ピアノの教室も、全国から集まったピアノや電子ピアノを使って、また子供たちが習いに来たりしているとのことです。ただ、南三陸を離れた子も、震災の時に亡くなった子も居り、まったく前のようでは無いそうです。

ゆかりさんにネリマに顔出したら?と言った時、「今回は局長が一緒だから」と、時間がなくて無理無理、と辞退された、
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「局長」こと、南三陸町社協の事務局長さん。

この方も、津波の時にイベント中だった327人もの方を助けた傍ら、奥さんをなくし、未だ見つかっていないとのことでした。
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大企業から、多数のボランティアの方が継続的に南三陸へ訪れています。現在なお、です。当然のこと、繰り返し訪れる方も多く、そこで現地のコーディネートをする社協の方とか、被災エリアの案内をするゆかりさんのような方とかが密接な交流を深めて、今回のような東京での講演会に発展したようです。

映像を挟みながら、どれだけのボランティアの方々が尽力してくれたか、またそれでは到底足りない「復旧」ではなく「復興」への援助をどれだけの企業からこれまであり、さらにこれから続いていくのか、復興のためにどんな努力やアイディアが必要なのか。
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そしてまた、震災が東京で起きたらどうなることが予想されるか。
淡々とシビアに語っていただきました。
印象に残っているのは、「被災した個人は孤立してはいけない」ということと、「(津波などの)その瞬間に於いて、使命感は捨てなければいけない」ということでした。使命感を持って任務に当たった者ほど命を落としている。警察、消防、消防団、市役所職員など・・・・。それがどれほど助かった後の救助や被災状況の把握はじめ、町の機能を維持するのに必要だったか。そして、東京が孤立したら「食の補給」は上(空輸)からしか来ないだろう、それまで一週間は持たさなければならないと予想されるとか。

いや〜この講演会、事前にもうちょっとしっかり知っていれば、ぜひもっと多くの方に聞いてもらいたかった。雪にも関わらず会場は満員でしたが、立ち見でも良いから呼べば良かったなぁ。

そして、ゆかりちゃんは自分の体験を語りました。

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最初の一年は、来年の3月11日がきたら・・・(すべて夢なんじゃないか)と思い、次の一年はただただ沈み、三年目にして諦めることを知ったと。これは、奇しくも他の地域での方からも聞きましたが、三年経ったら「これが現実なんだ、と諦める決心がついた」「仕方ないこととして、前を向こうと思えて来た」と言うのです。
やはり、時間が経つということでしか変えられない、なにかがあるのでしょうか。
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そして、三年十ヶ月経った今、ひとつひとつ先に「予定」という希望の杭を立てながら、その「予定」までは頑張ろうと思う、と言いました。
町がこれまでと全くちがうものになっていくけれど、自分の通っていたピアノ教室が10メートルかさ上げされる土砂の下になって、もうそれがどこだか分からなくなっているけど、一喜一憂せず前を見ようとする確かさを、その話し方から感じました。
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最後に、長渕剛の「ひとつ」と、中島みゆきの「糸」を歌い上げ、この講演会は万雷の拍手の中、終了しました。

こういった講演会は、基本的に写真など禁止かと思っておりましたが、
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今回の講演の趣旨が「なるべく多くの人に知ってもらう」のを前提としているからか、シャッターの音も数多く聞かれまして、講演内容も非公開といった趣旨は一切無いようです。
復興自体はまったく道半ばである、ということを東京の方に、少しでも伝えられればということでした。

と言っても、具体的すぎてここには書けないこともけっこうありましたけどね。
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今度は、ネリマに顔出して、マリちゃんたちに会っていってくださいね♪

おまけ
南三陸に関しては、ゆかりちゃんに案内してもらった「観光客の行かない南三陸町ツアー」がありますので、
ちょうどいい機会ですからまたご紹介します。 ちなみに、ゆかりちゃん命名のツアーです。


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by degipochi | 2015-02-02 01:54 | 南三陸町 | Comments(0)


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