知られていない、多くの場所
小笠原からギョサンを送ってくれている、知り合いちうかお友達ちうか、患者さんから、あの時津波は島まで来たのよと聞きまして。
3月11日の4時過ぎに発令された警告は、注意報→警報→大津波警報とランクアップし、島の中でも一、二を争う低地にある
彼女の勤め先はアッと言う間に水に取り囲まれ、車は流されるわ冷蔵庫やらなんやらでかいモノは流れてくるわ、後2㎝というところで
かろうじて床上浸水を免れたものの、道路は泥だらけ、ヌカヌカのえらいことになったとの事です。
大変だったんですね。 同じ都民とは言え、まったく存じ上げませんで。。。 申し訳ないです。




なんかね、長い付き合いのおかあしゃんですが、2ヶ月経った今になって私の知らぬいろーーんな話題が聞こえてくるのですよ。
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(写真は全て、2010秋のものです)
まず、お育ちになられた、小名浜。
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・・・・・・の前に、私の父が育った、日立の北にある北茨城市。五浦(いづら)海岸の、無防備にも海に出っ張ったとこにあった
六角堂(国登録有形文化財)は、みごとに流失。 なにも残りませんでした。→ 地元紙による

で、小名浜。当日、粛々と波が港に入ってくる映像は、ライブで見ていたものの、余りに酷い東北の被害に画面は切り替わり、
それっきりもう映らなくなってしまいました。果たしてあのあと、小名浜はどうなったか?ともやもやしつつ、
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マリちゃん・サラっぴと、秋に行った「おかあしゃんの親戚みたいなおぢちゃんち」とかに問い合わせても、
「あー津波はここまでは来なかったよー 瓦落ちただけで、だいじょぶだったよー」なんて呑気な返事をいただくだけで、
来なくていいみたいな来るほどじゃないみたいな、どうもようわからん。

しかし、7月に再開を目指す、地元の水族館「アクアマリンふくしま」のHP、ブログには
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津波は何度も来、最大の波は夜になって館内に突然押し寄せたとあり、自家発電も保たずに停電になって、ほとんどの魚は死んでしまったとか、海獣の方々は、とりあえず近隣の水族館などに引っ越ししたとか、どうも被害は大きかったらしい。

なので、さらに調べました。

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去年の秋に、マリちゃん達と寄った海にほど近い・・・今考えたら、近すぎたか・・・海鮮レストラン、さすいち。
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二階のレストランから、「あ~海が見えるね~」なんて、なんも考えずに撮った、港のクレーン。
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広々と小洒落た店内に、
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いかにも海大好き♪ な飾り付けがしてあり
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地元のサカナ通が連れていってくれただけあって、普通の海鮮丼も、美味かったなぁ。。。。

この写真、去年の秋に揚げれば「ただのグルメ旅行写真」だったんだけど、マリちゃんの体調がイマイチで躊躇っている内に
「震災前の平和で貴重な写真」になってしまった。

さすいちのHPは、震災のあと、止まってしまっており、唯一ブログが人的被害がなかったことを仄めかしているばかり。再起は、あるのだろうか。

見ている目の前で水没していった、「ら・ら・ミュウ
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だだっ広い海鮮市場をどうしたかと思ったら、前橋・厚木と組織的なボランティアの方がものすごい馬力で片付けてくれたんですね。
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秋の再開を目指し、頑張っているとのことです。

海際にあって、楽しくお買い物をさせていただいたお土産館 「小名浜美食ホテル
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これも、海に近すぎた。。。。

一階にあったレストラン・土産物売り場も、
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楽しそうにタコとかぶら下げてた軽食コーナーも、
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すべてダメになったとのこと。

行ったとこ、知ってるところが、ほぼ全滅じゃん。これのどこが、「大したこと無いからだいじょぶだー」なんだ。
これ、自分ちの近くの話だけだし。 と言っても、海から1.5㌔なんだから。。。。 だいじょぶだったは、東北的に奇跡だ。
(事実、岬1つ越えた西側の「竹の花地区」は壊滅している)

うーーぅむ。 聞いてても埒が明かない。やっぱり行くか。 という話になりました。

ネリマといい勝負だねぇと車中でヒソヒソ話した、でもおかあしゃん的には懐かしく愛おしい、
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しょぼい商店街も、小名浜の町中を走って丹念に自転車で見てくれた、同郷の方の画像からかなりのダメージを受けたのがわかったし、
じぃじ・ばぁば乗っけて、この無名の被災地に行くこととなりました。

そして、もう一カ所。

おかあしゃん曰く、一関で新幹線降りてから半日かかる遠すぎる墓参り。とさんざん聞かされてた、何だかいうとこの山奥のお墓。

その昔、じぃじ(おかあしゃんのお父さんね)が赤ん坊だった頃、親族一同集まって、その数30人ほどがニコニコと1枚の
色あせた写真に写り、初孫のお祝いをしている、なんだか幸せな記憶の残ってる、田舎の町。

どこだっけ?あなたの実家の墓。 て言ってたら、これがつい最近、よ~く場所が判って、
気仙沼と南三陸の間の、「本吉・陸前小泉」と言う、めちゃめちゃになったエリアでした。

4月下旬に現地入りした方の画像を見ると、気仙沼線の陸橋が落ち、国道の陸橋も落ち、迂回路となった測道の瓦礫撤去が
そこそこ出来てるだけ、陸前小泉の駅は流失、町の瓦礫は手つかずで、進入禁止があちこちにある状態。
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で、この本堂の下にお墓があるらしいんだけど・・・・ どうなんだろうね、て感じ。志津川がどこまで氾濫したか、情報がないので。

なんだかね~・・・・ 調べれば調べるほど、いっぱい出てくるんですよ。酷いんですよ。

これだけ情報が豊かにやり取りできる時代で、まだ判らないことがいっぱいある。

なので、こちらも、やはり行ってみなければなるまい、という話になりました。あ、車を出すのは(酔狂にも)私です。

みんなが口ごもり、遠慮して言わないけど、やはり確認したくないような、しなければいけないような所で足踏みしているようです。

口が重くなるのも、仕方のないことだよね。出来たら、無かったことにしたい、と言うのは、関係者みんなの思いでしょう。

じぃじがとつぜん言った、
「そう言えばー、あの写真に写ってた親族とかのみんなは、あのあと一回も会ったことがないけど、どうしてかなーと思ってた」
という言葉も、写真を撮ったのが昭和6年で、場所がその本吉町(当時は本吉郡小泉村)、その2年後に昭和の三陸大津波が
町を襲って、壊滅してしまったことを知れば、なぜ誰も「何が起こったか」を幼かったじぃじに伝えなかったのか想像できます。

隠れた被災地、伝えられない悲劇、言葉にまとまらない思い、いろんなものをごちゃ混ぜに抱え、

とりあえず小名浜に、陣中見舞いに行くこととなりました。まだ先のことなので、具体的には後ほど。
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by degipochi | 2011-05-25 10:04 | 大地震


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